空気が読めない人を「KY」なんて呼んだ時代もありましたが、

KYなんて単語使う人ほど空気読めてない方が多かった気がします。

 

場の空気を読めちゃうという強み

これが出来る人はある意味その場を支配出来る人だし、

また、一気に注目を集める事も出来る人。

何故なら、

空気が読めるから方向が解るし、

読んだ上でその逆の空気を出すから目立つ事が出来る。

facebookを見てても、大勢の方に応援されてる人は、

やっぱりこれが出来てる人だなぁと。

 

空気を読むことを良しとされる日本の文化には、

輪を乱さない、溶け込む、目立たない、争いを好まない、

などの謙遜や、遠慮といった民族性による背景があります。

最近では、自分の意見をハッキリ言えるとか、

独自性のある考え方の方が良いとされる傾向もありますが、

日本の社会ではまだまだ異端児、空気読めない奴、イタイ奴、

みたいに揶揄される方が多いですね。

これが怖くて、自分の才能を発揮出来ない人が山のようにいます。

 

ぼくは、

人間はもっと我侭になって、抑えてきた自分を解放し、

70億分の1の人になること。

それが、その他大勢から、「個」で生きていける為の

最短の方法だと考えています。

 

が、

 

それは空気を読まない振る舞いや言動をしろとか、

場の空気を壊すことを勧めている訳ではありません。

 

「調和」

という言葉があるように、バランスを調整する事で和を保つ事は

とても重要なコミュニケーションのひとつだし、

お互いの心地よい距離を測れる人は、

それだけでひとつの強みになると考えます。

だからこそ、そこにストレスを感じちゃいけないと思うんですよ。

つい空気を読んでこんな事言っちゃいけないかなとか、

本当はやりたくないことを我慢してやるとか。

それは空気を読んでるんじゃなくて、

ただ自分を押し殺して不満を表に出さないだけで、

自分や周りの人を、「良い方向に調和を保ちつつ持っていける能力」

を使ってないだけなんじゃないかなと。

 

重たい空気が読めてるならそれを打破する方法がわかるハズだし、

みんなが望んでる方向にストレスなく持っていく力もあるハズです。

だって、場の空気が読めちゃうんだから。

その力を発揮できれば、信頼や人望、カリスマ性すら手に入れることができるのに。

 

一流の人は空気を読まない。

なんて言いますが、ちゃんと読んでると思います。

読んだ上で、自分を輝かせたり、周りを動かしたり出来る人です。

だから、ついつい空気読んじゃう感受性豊かな人ほど、

自分に我侭になった方が周りの人も自分も、

ストレスフリーの関係性を創れると思います。

 

空気が読めるのは才能であり、能力です。

空気読めない人を見つけて揶揄するより、

その場を支配するつもりで盛り上げることを考えると、

あなたの価値は周りの人に必要とされるでしょう。

 

 

【空気を読めてしまう、という場を支配出来る強み】

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