ぼくもあなたも、間違いなく「幸福」を求めて日々頑張ってます。

しかし、自分が何に幸せを感じるのか?

それを客観的に、科学的に分析する事は今の時代には必要な事です。

何故なら、昔に比べて幸福自体が複雑になってるから。

詳しくは、松原靖樹さんが紹介していたTEDを見てください。

※注意(集中して見ないと何のこっちゃ?ってなります)

 

確かに幸福にはカタチがあった

ぼくの両親の世代、団塊の世代では、

一戸建てを購入する事、新車を買う事、最新の家電を買う事、出世する事、など。

幸福を感じられる事が明確にカタチで存在し、それを目標に頑張る事ができました。

そしてそれを手に入れる事で、本当に幸せを感じられたのだと思います。

だからこそ彼らの口からは、

「いい大学を出て一流企業に就職しろ」

「その為に今は勉強しろ」

「協調性を重んじろ」

「わがままで自分勝手な生き方はするな!」

と、胸を張って言っていたし、本気でそう思ってたのだと今は理解出来ます。

 

もっと昔、江戸時代だと、身分制度的なもので「その人の人生の幅」が拘束されていたので、

その制度の善悪は別として、もっと自分達の幸福を見つけやすかったハズです。

選択肢が狭いということは、すぐに見つかるというこなので。

さらに昔、始め人間ギャートルズ時代になると、その日の食料を調達出来るかどうか?が全て。

「生きる事」そのものが幸福であり、それが日常だったハズです。

 

こう考えると、文明の発達や豊かな食生活、便利で潤沢な情報網が、幸福を複雑にしてるとも言えなくは無いです。

でも、何故自分の感じる幸福が複雑でわかりにくいのか?って事です。

いくら世の中が幸福を複雑にしようと、自分の感じる幸福くらい簡単にわかりそうなもの。

しかし周りを見渡すと、どれだけ「幸せになる方法」的な本、

セミナー、カウンセリングが多いことか。

つまり、みんなよく分からなくなってるんですよね、自分の感じる幸福が何かって事を。

 

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で、ここからが本題ですがなにか

TEDで話してるこのおじさん。

なんとノーベル賞受賞して、行動経済学を作ったダニエル・カーネマンさんという凄い人。偉い人。

彼が言うには、「経験の自己」と、「記憶の自己」というふたつの異なる自己が、幸福を複雑にしてるらしいです。

 

動画の内容と重複しますが、経験の自己とは今現在の自分。

今、美味しいものを食べてる。

今、欲しい服を買った。

今、SEXの最中。

など、経験から感じる幸福感を幸福だと感じる自分です。

 

もう一つの記憶の自己とは、過去経験した記憶から何が幸せなのか?を判断して感じる自分です。

あの店のパスタは(他の店より)美味しかったからまた行きたい。

あの店の服が(他の服より)気に入ってるから、あの店にまた行きたい。

あの人とのSEXが(他の人より)よかったから、また・・たい。

これらは、過去の記憶を何かと比較して初めて幸福と感じる訳です。

 

(ここからが大事!よく読んでね)

このふたつの自己は、幸福というものを、全く別の感じ方で判断しています。

何故なら、経験の自己は常に忘れ去られていくから、今、幸福だと感じてることは消失するわけです。

(なんと、現実に今を感じられる時間はたった3秒と言われていて、3秒前は過去になり、そのほとんどをどんどん忘れていくって事)

もし、「経験の自己」も「記憶の自己」も同じ幸福感ならば、幸福を判断するのに経験した時間と同じ時間が掛かる事になりますよね?

小学生時代の楽しかった事を全て思い出すのに、6年掛かる事になる。

厳密には時間にすると2年分くらいかもしれませんが。

つまり、ぼくらは「経験の自己」と「記憶の自己」を分けて考えないと、

今目の前で経験してる幸福も、記憶の中にある幸福も、同じ幸福として認知してしまう。

記憶に無い幸福感は信じられず、辛いはずの今を記憶の中の幸福感とすり合わせてしまったりね。

好きな人が出来たのに、過去に振られた人に似てるから諦めるとか。

どう考えてもブラックな会社に居るのに、親などに我慢することで誉められた記憶の幸福感が今の自分を麻痺させたりとか。

だから「自分にとっての幸せって何?」と、判らなくなってしまうんですねー。

あーややこしい。

 

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ぼくは、この話を理解して欲しい訳じゃないんです

 

この事から解るのは、人は、自分の幸福について考える時、

「記憶の自己」つまり過去を中心に考えてしまいがちだって事。

でも、よく考えて欲しい。

あなたが生きてるのは、今のこの3秒なんですよ。

つまり、「経験の自己」つまり今この瞬間の幸福をもっと考えて欲しいって事です。

このピザを見て、あ、食べたい!と思った。それを今から注文する幸福感。

彼と一緒に食べよう、友達と一緒に、家族で!人と繋がってることの幸福感。

こういう幸福感をもっと貪欲に感じよう。

 

生まれてから死ぬまで、この3秒は約60億回訪れます。

あなたが今まで経験した3秒の中に、幸福を感じた事が何回あったか?

そのほとんどが記憶の闇に葬られてるという事実。

そこを無視して過去の記憶の自己に、あなたの幸福を見出しますか?

ぼくが今、多分他の人より幸福度が高いのは、

経験の自己を中心に幸せを感じようとしてるからに他ありません。

 

 

 

「経験と記憶の謎」を観たら幸福の仕組みの謎が解けた

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