嫌われることに抵抗が無い人は、そもそも「人間が嫌い」って場合もあるんです。

あ、それ、ちょっと前のぼくです。

 

今、Amazonでも本屋さんでもベストセラーになってる、アドラーの「嫌われる勇気」

この本、「良い子でマジメに生きて来たけど、なんか人生がツライ」

そんな人に手放しでオススメの本です。

手放し自転車ですっ転んで顔面擦りむいて鼻血出しながらでも笑顔でいられるくらいオススメ。

 

嫌われる勇気とは、ちょっと乱暴に言うと、

《あなたを嫌う人さえも受け入れる勇気を出せば、望む人生が得られますよ》

って感じ。はしょり過ぎて、もはや暴力です。

 

しかし嫌われる勇気を持つことは、「嫌われてもいいや」という、

正確には「嫌われることを屁とも思わない人」になる事ではありません。

ここを勘違いして、嫌わてもいい!好きにしろ!

という開き直りで生きてしまうと、

ちょっとマズイことが起きます。

 

「人は何を望んでるのか?何をすれば喜んで貰えるのか?」

ビジネスにおいては超重要なこの部分が、さっぱり解らなくなるという致命的な傷を負ってしまいます。

開き直る考えは、他人を無視することに繋がりやすいから。

しかし、ぼくのように初めから「嫌われてもいいや」で生きてきた人は、この「勇気」と「開き直り」の違いが理解できなかったりします。

 

じゃあその「勇気」を理解するにはどうすればいいのか?というと、

人に嫌われてもいいと思えるくらい好きに生きて来たなら、その生き方を発信して、そんなあなたがが好きと言ってくれる人が居る事を知る。

 

情報発信です。

 

「嫌われてもいいや」の生き方は、ちょっと乱暴に言うと、

《自分のやりたい様に生きていくんだから、嫌われる事もいとわない》

的な感じです。はしょり過ぎて、もはや軽犯罪です。

 

ぼくの場合、その裏にあったのは、

そもそも「人間が嫌い」であり、

「理解されなくて結構、好かれなくても大丈夫、だって俺もあんたら嫌いだし」

という、拒絶によって自分を確立しようとする身勝手な生き方でした。

偉そうに言ってますが、世間ではこれを中二病と呼びます。

 

「他人の気持ちを察すること」

ここを、ことごとく無視して生きてきたおかげ様で、今でも「人は何をされれば嬉しいか?」という人としての基本を日々試行錯誤して、研究する毎日を送っております。

じゃあ、ぼくの様に「嫌われてもいいや」で生きてきた人はどうすればいいのか?

簡単です。

そのままの自分を世の中に発信することです。そして、

「実は自分は人間が好き」

な事を認める事。

本当に人嫌いなら、人里離れて3Gエリアで過ごすはず。

 

「いや、嫌いだし」

それでも、誰かはあなたの事が好きです。

 

「別に好かれたくないけど」

それでも、応援してくれる人がいます。

 

そういう人が居ることを知ると、「感謝」とか、「好きと言ってくれる人の為に」とか、「その人は何を望んでるんだろう?」とか、自然に考えてるようになっていきます。

そして初めて、

「こんな事言ったら、好かれてる人に嫌われるかも」

という恐怖と戦うことになり、

結果「嫌われる勇気」を持って、自分を信じて貫く事を考え始めます。

そこがスタート。

楽に生きて行くのも、我侭に生きていくのも、ビジネスをやっていくのも、嫌われる勇気は必要。

この勇気を理解する為にも、情報発信は有効な手段です。

嫌いなモノ、人間

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